マクセンティウスのバジリカ Basilica di Massenzio
倉庫として使われていた場所に、306年にマクセンティウス帝が建設開始。ミルウィウス橋(Ponte Milvio)の戦いの後、勝者のコスタンティヌス帝により完成された平和の象徴の神殿。フォロ・ロマーノで最大の建造物である。
元老院議事堂や裁判の場として、またキリスト教を公認したコンスタンティヌス1世は、壁に沿ったニッチ(壁龕)に様々なローマ神の像を置いていた。
このバジリカの建築様式を教会堂の建築に適用し、後に“バジリカ”とは大聖堂を指す言葉になった。
残念ながら1349年の地震で被害を受けたと思われ、バジリカの側廊部分が残る。
三廊式の会堂の屋根は大理石で、内部はスタッコで造られた格天井で覆われていた。
オリジナルは8本の大理石の柱が使われていたが、そのうちの保存状態の良い1本を、1615年に、教皇パウルス5世の命により、マデルノ作(Carlo Maderno)で、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂前の円柱で再利用され現在も見ることができる。その為、平和の円柱 "Colonna della Pace"として人々から愛されています。
アプシス(メイン入り口)に、巨大なコスタンティヌス帝の巨像があった。
コスタンティヌスの巨像の断片
1486年にマクセンティウスのバジリカで発見されたコスタンティヌスの巨像。現在は、コンセルバトーリ博物館(Museo del Palazzo dei Conservatori)の中庭に展示されている。
大理石の頭部は2.6m、足は2mもある。
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